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kan.さんの「問題は解決するな」序文を読んで概要把握した結果

kan.さんの「問題は解決するな」序文を読んで概要把握した結果

願望実現のためにセドナメソッドを実践しています。

クンルンネイゴンで有名なkan.さんが書いた「問題は解決するな」という本を読みました。

  • 問題は解決するな?
  • 解決するな?

というような疑問点を胸に抱きつつ読み終えました。

上級者向けかな?って思いました。

本を読み終えたら「?」が少し減少しますが、すべての内容が腑に落ちることは無かったです。

クンルンネイゴンで有名なkan.さんの著書「問題は解決するな」

ADDの診断を受け、自分でも何が何だか分からない今日この頃。 きっと精神医学の専門家の方なら、この本の内容は信じられないと思います。でも私には、この本が何となく合っていました。 精神医学は抑圧的です。投薬をしないから安全、なんて嘘です。今度はカウンセリングに苦しめられます。投薬と同じくらい、カウンセリングも気分が悪いです。 よく、「カウンセリングで良くなった」という人がいるけれど、そういう人は、カウンセリングで「治らない」人を卑下するのでしょうか? 「怠けている」と。 カウンセリングって、自分さえ生きやすくなればそれでいい、というスタンスにしか思えません。「自分以外の人を非難する自分の姿」はどうでもいいみたい。 「自分を大切に」なんて言うけれど、他の人を抑圧する口実にしかなっていないと思う。力関係上強い人が、コーチなどにカウンセリングしてもらったならば、結果は容易に想像が付きます。力関係上、強い人が、更に強くなるためにカウンセリングはあるのだと思います。力関係上、弱い人は、怒りをなだめられることが、カウンセリングを通して行うべき私の義務です。 カウンセリングの考え方って、もう日常生活に浸透しすぎで、「正しいコミュニケーション = カウンセリングの中の技法」みたいになってきていると思います。 カウンセラーの先生って、まるでコミュニケーションの達人として扱われていると思います。 投薬より安全なんて、そんな広告に釣られません。 カウンセリングで「良くなった」人というのは、私のように「治らない」人を、「努力が足りない」と言って責めます。カウンセリングで良くなった人って、抑圧を受けている悩みを持っていたりするけれど、同時に他の人を抑圧することもあるはず。 私にとって圧力となるのは、カウンセリングで「良くなった」人。「私が治ったのに、どうして治らないの?」という圧力。問題の質も内容も全く違います。私に対する周囲の寛容度も。ライフスタイルも。 そういった違いを無視して、「カウンセリングを受けさえすれば良くなる」と思い込まれるのは、私にとって辛いことです。 私は先生に自分の身の上をひたすらに話しますが、前々回に私は「一方的に話す」と精神医学的に解釈されたんです。私の状況に対して、何も言及してくださらないんです。それがカウンセリングです。 私が異議を申し立てなければ、「一方的に話す」と言われません。現に前回、私はちゃんと黙っていました。そのお陰で、「一方的に話す」と、精神医学的に解釈されませんでした。 私の言動の全てが、診断基準に合致するかどうかの対象として、先生に扱われるんです。先生の専門知識のお陰で、私は更に「悪化」します! 怒ってしまいます。 日常生活では、私は他の人に怒りをぶつけたり、あまりしないつもりです。自分の気付かないところでは、怒っているでしょうが、それでも先生に対して、なぜか怒ってしまいます。 日常生活の人間関係よりも、私にとって精神医学の「治療」は屈辱的でした。こう思うことさえも、精神医学で解釈されるんです。 私が「精神医学で解釈しないで!」と思うことさえも、精神医学で解釈されるんです。 こういった本を、一人でじっくりと読むほうが、精神療法よりも良いです。 現時点で、私のADDの診断理由となった精神検査結果は、専門家同士で行き来されていますが、私に結果を書面で通知していただけたわけではありません。私の家族にも。それほど私に都合が悪いのでしょうか? 結果のコピーを渡すのは、どの先生の管轄なのでしょう? 精神医学って、私を調べるだけ調べて、私が知りたいことに答えてくれません。「どんな風にして、私はこの診断だとお分かりになったのですか?」と伺っても、「それは難しい話」なのだそうです。私がどうしてこの診断なのか、先生は仰らないのです。 別々の専門家の先生たちを行き来しながら、その先生たちの記録を全て見て、私に最終的に診断をします。いろんな先生を行き来するのに、もう私は疲れました。 どの先生が、私の診断について、どの側面を管轄なさっているのか、私は全く分かりません。 精神の専門家の先生って、私に匙を投げたとしても、匙を投げなかった人と同じだけの治療代を要求するのでしょうか? これも気になっています。 診断を得たせいで、私が悪化するということについて、先生は理解がありません。診断 = 善!、なんです。 診断のための材料集めが好きなだけみたい。一体私って、何なのでしょうか? 私って、診断される対象、セラピーの対象でしかないのでしょうか? ますます私は、自分で自分が分からなくなりました。 こんな、私のような体験がある方向きの本です。特に、セラピーについての記述は頷けました。

引用元: Amazon.co.jp: 問題は解決するなの ドアノッカー探しさんのレビュー

Amazonさんからちょっときになるレビューを引用させていただきました。

要約すると、精神医学よりも「問題を解決するな」を読んだ方がためになったという結論みたいです。

以下の文章は「問題は解決するな」の「はじめに」を抜粋した文章になります。

「問題は解決するな」・・・・はじめに

もし今、生きることに違和感を感じているのなら、自分が周囲と調和していないと感じているのなら、あなたはこう思っているかもしれません。

「自分に起きている問題を解決しなければならない」と。

まずその錯覚から覚める必要があります。

道はそこから始まります

毎日、あらゆる場面で様々な「問題」が、果てしなく起こり続けています。

しかし、それらを解決しようとすることは、無駄なことです。やめていいことです。

一時的に問題が解決したかのように見えても、必ずまた問題は起こります。

なぜなら、この地球で問題は起こるべくして起こっているからです。

等身大で、自分の生活を、職場、社会を見てみてください。

すると、「やっぱり世界は矛盾だらけだ。だから、問題が起こるのは当然なんだ」と気づくでしょう。

そこで問題を解決することに取り組むと、進むべき方向を取り違えてしまいます。

問題は、人が解決するのではありません。

では、人は何をすればいいか。

目を覚まして、日々起きてくる出来事とただ出会っていくことです。

社会がつくっているしくみにがんじがらめになり、眠らされている自分に気づくことです。

そうすれば、自分の中にある罪悪感や無価値感、怒り、恐れ、悲しみ、そんな感情を、そのまま見てあげることができるようになります。

今は錆びついている自分の力を、思い出せるようになります。

そして、問題をそのまま受け止めて、解決せずに生きることを選べるようになります。

そうやって生きていくと、あなたの中に毎日を幸せにすごせる種が見つかり、芽吹くかもしれない。

その種が見つかると、「あぁ、これでいいんだ」と必ず思えるようになります。

そして、まったく新しい生き方が花開いていきます。

「誰かから教えられたから」ではなく、自分自身でその道を歩けるようになります。

だから、矛盾は矛盾のままでいい。

人生が矛盾でいっぱいだったら、順調にいっている。そうとらえてください。

問題を解決せずに「瞬間」と出会っていく

問題を解決せずに、自分を開き、この瞬間とただ出会っていく。

そんな生き方は、あらゆるものとの「共振」を生んでいきます。

この「共振」こそ、これから始まる未知の時代を生きていくための鍵になります。

自分の人生のもっとも大切なところに使うべき感性や力を、日常の中で問題解決に費やすほど無駄なことはありません。

あなたが心と体と感情のバランスをとり、宇宙と共振しながら生きていけるよう、この本を書きました。

この本は、あなたが生まれ持った力に気づき、この瞬間をハートで感じながら生きることを選べるように構成されています。

読み終えたところがゴールではありません。

読み終えて本を置いたその時、スタートもゴールも無いと知るでしょう。

もしかすると、読み進めるうちにうまく理解できないと感じる部分があるかもしれません。

しかし、それでいいのです。

すぐ理解できたと思えることなど危ういと私は思います。

もし途中でわからないと感じる部分があれば、「保留」にしておいてください。

そのまま持ち続け、時が来れば、きっと腑に落ちる瞬間が来るでしょう。

その時まで、折に触れこの本を手にとってください。この本はそんなふうに読んでもらうための本です。

伯井由紀さんのヒーリングでゼロに戻る事を教わる

伯井さんはkan.さんと一緒にクンルンネイゴンを教えていた人物です。

kan.さんと同様にとてつもないパワーっていうか、よくわからない力をお持ちです。

その伯井さんのヒーリングを受けた結果、セドナメソッドを実践するようになりこのブログが生まれました。

  • ゼロに戻る
  • 手放す
  • あごをひく

というような事を教わりました。教わったときは「地味じゃね?」って感じましたがとても重要なことばかりです。

2,017年はクンルンネイゴンの伝達を受けてみたい

クンルンネイゴンの伝達ってやつを受けてみたいと考えています。

kan.さんや伯井さんのおっしょさんにあたるMAXさんから伝達して頂きたいと思っていますが、アメリカまで行く必要がありますので途方もないおかねが必要みたいです。

受けてみたいっすねぇ。

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